京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1403号 判決
一 請求原因のとおり、原告中塚善造は本件特許権を有し、原告中塚株式会社はその独占的通常実施権者であること、本件発明の構成要件が請求原因四のとおりであること、本件発明が少なくとも請求原因五の作用効果を有すること、被告会社が遅くとも昭和五八年九月以降、布帛に色模様を形成する方法を使用して織物を製造し販売していることは、当事者間に争いがない。
被告会社が使用している方法について、原告らは別紙第一イ号目録の方法、被告らは別紙第二イ号目録の方法を主張している。この両者を検討すると、第一イ号目録の方法は第二イ号目録の方法を含んでいるが、第二イ号目録の方法は使用する糸その他でやや個別化されている。しかし、被告会社が第二イ号目録の方法を超えて更に一般的に第一イ号目録の方法まで使用しているとは本件全証拠でも認められない。
そこで以下では第二イ号目録の方法(以下被告方法という)の使用が本件特許権を侵害するかを判断する。
二 本件発明では「熱融着性接着剤層を表面に形成した糸」を用いるのに対し、被告方法では「熱可塑性樹脂のみから成る繊維を収束した糸(熱接着性繊維)」を用いることとなつている。
本件発明の特許請求の範囲によると、熱融着性接着剤層を表面に形成した「糸」、つまりその層よりも芯の部分については、何の限定もされていないから、非熱融着性のもののみならず、熱融着性のものをも含むが、この糸(芯部)の表面に存する熱融着性接着剤は「層」、つまり「他から区別される重なりの一つ」をなして形成されていなければならないと解される。
別紙第二イ号目録によると、被告方法で用いられる糸は、その表面においても熱融着性接着剤のものであるが、その表面の熱融着性接着剤が、「層」、「他から区別される重なりの一つ」をなして形成されているとは解されない。この点では被告方法は本件発明の方法とは異なるものと言うことができる。
三 原告らは、被告方法に用いられる糸は、本件発明に用いられる糸と均等であると主張する。
1 被告方法が、請求原因五1、2の本件発明の作用効果を有することは被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。
被告らは、被告方法においては、熱融着すると糸全体が溶けてフラツトな接着剤の薄膜になるため、請求原因五3の「立体感のある色彩外観風合の模様が得られる」効果はなく、むしろ模様の外観風合が平板化されると主張する。
そこで、請求原因五3の効果を検討すると、そこでの「立体感ある」は、「色彩外観風合の模様」を修飾しており、「模様の全体を一様に有色薄膜の貼着で被う場合」とを比較対比して説明している。このことからすると、ここでの「立体感」とは現実の三次元的な立体、あるいは有色薄膜の貼着で被われた部分の滑らかさや、凹凸から生じる感じを必ずしも意味するものではなく、「色彩外観風合」によりあたかも「立体的」に「感」じさせるものであると解される。そして、「模様の全体」、つまり「熱融着性接着剤層を表面に形成した糸」による部分の模様のみならず、「色糸あるいは金、銀糸などの装飾糸」のみによる部分の模様をも、「一様に有色薄膜の貼着で被う場合」には、「色彩外観風合」の差による対比が低くなり、模様の外観風合が平板化されるが、本件発明では、「色糸あるいは金、銀糸などの装飾糸」のみによる部分の模様は有色薄膜で被われないのに、「熱融着性接着剤層を表面に形成した糸」による点的あるいは線的、またはそれらの複合または網目の部分の模様は有色薄膜に被われるため、この対比により「立体感のある色彩外観風合の模様」が得られるとしているものと解される。
被告方法はこのような意味では、請求原因五3の作用効果を有するものと解される。
被告らが、本件発明の作用効果として追加的に主張するところは、特許公報六欄一四行以下の発明の詳細な説明の項に記載がある。しかし、これはその記載により明らかなように、本件発明の実施にあたり、彩色を施した糸、透明な有色薄膜、任意模様を印刷等により表示した薄膜を使用した場合における作用効果であつて、本件発明に通じる作用効果とは言えない。
そうすると、被告方法は本件発明のすべての作用効果を有していることになる。
2 成立に争いのない乙四、六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙五号証によると、東洋レーヨン株式会社は、遅くとも昭和四二年以降、熱可塑性樹脂のみから成り、熱加圧により他に接着する性質を有する繊維を「エルダー糸」の名で一般に宣伝販売していたこと、昭和四四年九月一八日、霜降り様装飾繊維シート材料の製造方法に関する特許出願が公告された(昭和四四年第二一八三一号)が、その特許請求の範囲は、「主体とする構成繊維が軟化、溶融または炭化する温度以下の温度で軟化または溶融する熱可塑性低融点繊維を一成分として配合構成して成る繊維シート材料に、予め金属蒸着を施したシート状物を該金属蒸着面を介してこれを構成繊維の軟化点以下で低融点繊維の軟化点以上の温度で加圧加熱処理することを特徴とする霜降り様装飾繊維シート材料の製造法」というものであつた。
このことからすると、本件発明における「熱融着性接着剤層を表面に形成した糸」を、被告方法の「熱可塑性樹脂のみから成る繊維を収束した糸(熱接着性繊維、商品名「東レエルダー糸」)に置き換えて、本件発明と同じ作用効果を得ることを想起するのは、当業者にとつては極めて容易なことであつたと言うべきである。
3 そうすると、被告方法の「熱可塑性樹脂のみから成る繊維を収束した糸(熱接着性繊維、商品名「東レエルダー糸」)は、法律上は、本件発明の「熱融着性接着剤層を表面に形成した糸」との要件を充たしていると解するのが相当である。
四 被告らは、本件発明では、製織工程と熱圧工程の二工程から成るのに対し、被告方法では、製織工程、予備熱圧工程と熱圧工程の三工程から成るから、両者はその構成を異にしていると主張する。
しかしながら、特許発明の方法に新たな工程を加えた場合、それが新たな特許発明として保護を受ける場合があるとしても、その新工程を加えたために、従前の特許権の侵害を免れるものではない。被告らは、予備熱圧工程を必要とするのは、使用する糸全体が熱融着性の繊維から成つていないからであると主張するが、主張自体理由がない。
五 なお、被告らは本件発明は全部公知、または公知技術の単なる寄せ集めであるから、その技術的範囲は公報の実施例に限定して解釈すべきであると主張する。
しかし、前記三2認定の事実からは本件発明が出願当時公知であつたとは到底解されないし、そのように解させるに足る事実を認めるに足る証拠もない。被告らの主張は採用できない。
六 被告方法が本件発明のその余の構成要件を充たしていることは、その表示自体により明らかであるから、被告方法は本件特許権の技術的範囲に属する。
七 請求原因九1の事実は当事者間に争いがなく、同九2の仕入代金、同3の事実は被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。なお、別紙計算書(一)の昭和六一年二月仕入小計五八万八七〇〇円は六八万三二〇〇円の計算違いである。
右事実によると、被告会社が昭和五八年九月から昭和六一年七月までの間に被告方法を用いた小物用織物の製造販売により得た純利益(売上金額より仕入金額、販売費用その他の一般管理費を差し引いた額)は、原告ら主張の計算方法により計一八八五万九八〇九円と認めるのが相当である。被告らは販売に要した市場開発費その他の営業経費が相当多額にのぼると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
八 原告会社は本件特許権の独占的通常実施権者であるから、特許法一〇二条一項の類推により、被告会社の右利益額相当の損害を受けたものと推定される(大阪地裁昭和五二年(ワ)第一二三六号、第三四六一号同五四年二月二八日判決・無体裁集一一巻一号九二頁、大阪地裁昭和五七年(ワ)第七〇三五号同五九年一二月二〇日判決・無体裁集一六巻三号八〇三頁・大阪高裁昭和六一年(ラ)第五三二号同六二年三月一六日決定)。
しかし、原告中塚は原告会社から本件特許権の実施料として、本件特許権による売上の額の三パーセントに当たる額を受ける契約があることは弁論の全趣旨により認めることができる。そうすると、被告会社は右六の額の売上利益を得るためには、右実施料を支払わねばならないから、原告会社の損害は売上八一四七万六二〇〇円の三パーセントの二四四万四二八六円を差し引いた一六四一万五五二三円となり、他方原告中塚の損害は右二四四万四二八六円となる。この認定を覆すに足る証拠はない。
九 被告沼田稔、被告岡田和久および被告勝島英樹が遅くとも昭和五八年九月以降被告会社の代表取締役であることは、被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。そうすると、同被告らは共同して被告会社の請求原因六、七の製造販売を行なつたものと推認される。この認定を覆すに足る証拠はない。
被告らは特許法一〇三条により、本件特許権の侵害につき過失があつたと推認される。
一〇 以上の認定判断によると、原告中塚の請求のうち、本件特許権に基づき、被告方法の使用差し止め、被告方法を用いた布帛の廃棄を求める部分、本件特許権侵害の損害賠償金二四四万四二八六円、およびこれに対する不法行為後の昭和六一年八月一日から年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める部分、原告会社の請求のうち、本件特許権独占的通常実施権侵害の損害賠償金一六四一万五五二三円、およびこれに対する不法行為後の昭和六一年八月一日から年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから認容すべきであるが、その余の請求は理由がないから棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許権および特許発明の構成要件は左のとおりである。
発明の名称 布帛に色模様を形成する方法
出願日 昭和四四年九月二九日
出願番号 特願昭四四年第七七八七七号
出願公告日 昭和四八年一〇月五日
出願公告番号 昭和四八年第三二二九七号
特許登録日 昭和四九年五月一四日
特許番号 第七二八一二三号
(中略)
本件発明を構成要件的に分説すると、次のとおりである。
1 織製又は刺繍により模様を形成する布帛において、
2 熱融着性接着剤層を表面に形成した糸と、色糸あるいは、金、銀糸等の装飾糸とにより上記模様を形成し、もつて上記織模様あるいは刺繍模様の図柄通りの部分に熱融着性接着剤層を点的あるいは線的にまたはそれらの複合あるいは網目模様にて形成し、
3 該模様の上に引裂強度の小なる有色薄膜を重ねてこれを熱圧し融着させ、その非融着部の有色薄膜を除去して、
4 布帛に色模様を形成する方法。